2011年5月14日土曜日

「助かる方法は他になかったのか」全校児童の約8割を津波に流された大川小学校

宮城県石巻市の大川小学校では東日本大震災で児童108人のうち74人が死亡・行方不明となった。4月9日にそのことに関する説明会が行われていた。

柏葉照幸校長や、現場にいた教職員で唯一生還した40代の男性教諭が当時の状況を説明した。3月11日の大地震発生直後、同校教諭は児童に校庭への避難を指示し、誘導点呼を行った。その後、迎えに来た保護者に児童を引き渡している途中、津波の危険があると判断。地域住民と教頭らが相談の上、高台となっている新北上大橋傍らの三角地帯に避難することを決めた。津波は三角地帯への移動中に児童や教職員を襲った。学校のすぐ裏に山があるが、地震による倒木の危険があったため、避難場所に適さないと判断されたという。
地震から津波の到来まで40分の時間があり、学校のすぐ裏手に山があるのに、あえて川へ向かって生徒を誘導し、川を遡って来た津波に襲われた。これはどう考えても判断ミスで、助かるはずの命に思える。


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